スケッチを重ねる

 駅前にミスタードーナツができた。前の月から老いも若きも天気の話題の代わりにそのことを口にしていた。町のみんなが待ち望んでいたこの日、わたしはクリスピークリームドーナツへ行った。店員さんが二人でおしゃべりしていて、はっきりと「あっちのほうが駅に近いですしね…」「GODIVAとコラボしてたし…」と言うのが聞き取れた。本当は一つだけドーナツを買いに行ったのだが、二つにした。オリジナルグレーズドがもらえるクーポンが発行されていたので、結局三つのクリスピークリームドーナツの入った箱を抱えて家に帰った。

 

 昔この町には写真館がふたつあった。
 ひとつは富士山が見える結婚式場の中にあった。わたしはそこで何度か写真を撮られたはずだが、写真館自体の記憶はなくロビーやエレベーターの床にカーペットが敷かれていたこと、室内は少し暗くて豪華な照明があったことしか覚えていない。その建物から富士山を見たかどうかもわからない。
 もうひとつはデパートに併設された写真館で、今もある。たくさんのチェーンの写真スタジオと、わざわざこの町に写真を撮られに来る人のための隠れ家的スタジオがひしめく今、デパートの写真館は老舗らしく穏やかに尊大に構えている。

 そのウインドウに成人のお祝い写真のキャンペーンポスターが貼られていた。振り袖を着たモデルの女の子はキリッとした目で、見ようによっては不機嫌にすら見える。目も口も頬も微塵も笑っていない。クールな表情は美しかった。
 むりに笑わなくてよかったんだ。昔々、自分が赤い振り袖を着て撮られた写真を思い出した。「お祝いだから!」「写真に残るから!」写真館の人に、あるいは常識に笑うことを強制されて変な顔をしていた。赤い振り袖、紫の振り袖、緑色の袴、ピンクベージュのスーツ、紺のピンストライプのスーツ、紺のセーラー服、グレーとブルーのチェックのスカート、どれも台無しにしてしまった。わたしはもう笑おうとしなくていい。

 

都道沿い」

(NZM)