あの時の別れ話(ある意味での読書感想文)

「そろそろ結婚したいとかって考えてる?」

 あなたが言ったとき、どういう返答を望まれているか、そしてそこから何を言おうとしてるか悟ってしまった。私はそんなにバカじゃない。だから望まれたいるのとは別の言葉を返した。

「別に。焦ってはないし、どうしても結婚したいとも思ってないよ」

「……そう」

 困ったように沈黙するあなた。少し視線を泳がせたあとに強引に話を進める。

「でもさ、30歳も近づいてきてるでしょ。結婚を考える時期だよね」

 その問いへの答えはさっき出したばかりなので、私は黙っている。ぐるぐると頭の中を色々な思いがめぐる。ここに来るまでに決めてきた覚悟が冷え込んでいくのを感じる。

 もう好きじゃなくなった、だから別れようってそう言われると思っていた。すでに関係は破綻気味だったし、私もぐだぐだ言わずすんなり受け入れて、さっぱりっきっぱりしようと思っていた。そのために、寂しかったしむなしかったけど、笑って「わかった」って言う覚悟を決めてきた。なのに。

「結婚はさ、考えられないんだよね。どうしても。このままずるずる付き合って、30歳になったのに、結婚できないって言うわけにはいかないからさ」

 逃げようとしている。私のことを好きじゃなくなったって伝えることから逃げている。私はあなたがすでに私のことを好きじゃないことを知っていて、受け入れる覚悟をしてきているのに、その事実からあなたが逃げている。そしてまるで私のために考えて、私のために出した結論かのように偽装しようとしている。私を傷つけるということからも逃げようとしている。私はもうすでに傷ついているのに。

「だから別れよう」

 無理やり言い切った。すでに「結婚を焦っていなくて、最終的にしなくてもかまわない」と退路を断ったけど、むりやりこじ開けてあなたは逃げた。私のほうも何もかもどうでもよくなって、「うん、わかった」と答えた。過程はどうあれ結果は同じ。受け入れるつもりで今日ここに来たのだから。

「いいの?」

 あなたは少し拍子抜けしたようだった。そうだね。私を傷つけなくてすむ方法を一生懸命考えて、自分が責められない言い方を必死に練ってきたんだから、あなたにもあなたなりの覚悟はあったよね。

 私が受け入れるとあなたは急にお酒が進みだした。たぶん気が抜けたのだろう。私が別れを拒否することも考えただろう。責められることも想定して悩んでいただろう。そんな今日の一大任務がすんなり終わって、一気に気が抜けて、お酒もまわっていった。ぺらぺらと何かを喋っている。私はほとんど聞いてない。あいまいに相槌をうって冷めかけのピザをかじっていた。

 ふと、あなたが言った。

「友達にも言われてたんだよ。彼女の年齢だったら絶対結婚考えてる。だったら早めに振ってあげたほうがいいよって」

 なるほど友達の入れ知恵でしたか。馬鹿馬鹿しくなって、笑ったら涙がこぼれてしまった。あなたは少し慌てて「泣かないでよ」といった。「俺だって寂しいよ」と。でも私は寂しかったわけじゃない。悲しくて、むなしくて、悔しかったのだ。「結婚しなくていい」と言ったし、別れたいという要望にも素直に応えたのに、全然私と向き合わず、一仕事終えたみたいに酔払って口を滑らすような軽い扱いを受けていることが本当に悔しくて涙が出たのだ。

 私は涙を拭いて

「まあ、職場ではこれからも顔をあわせるし、その時は仲良くやろうね」

 と笑った。

 あなたは「ありがとう」と言った。

 あの時綺麗ごとで終わらせた私も悪い。逃げたのはどちらだったのか。

 何度思い出しても心が痛い、あなたはきっともう思い出すこともないだろうけど。

(まれ子)